雪の石畳の路……
第一話 北へ。そして再会
=プロローグ=
「そろそろ諦めて、こっちに帰ってきたらどうだ?」
電話の向こうは北海道の函館につながっているはずだ、こっちでは既に卒業シーズンを迎える時期になるところだが、まだ向こうは雪の中であろう。
「……いやだ」
アパートの中を無意味に見回しながら有川勇斗は力なく首を横に振る。
「そうは言っても、決まったんだろ? 就職浪人」
まったく親というものは容赦がないな、人がその件に関して非常にナーバスになっているというのに。
この不景気なご時勢、勇斗も多分にもれず就職難に立ち向かい見事に撃沈した。既に二月に入り大学にもほぼ出席することも無くなっているにもかかわらず、いまだに就職先は発見できていない……リクルートスーツだけが妙に疲れているようだ。
「うるさい! 用がないのなら切るぞ!」
「まぁまて、今日電話したのは、お前にいやみを言う為にした訳じゃないんだ」
本当にふざけた親だ。
「じゃあ用件だけ聞こうか? 手っ取り早くお願いするよ」
勇斗は、イライラを紛らわせるかのように手元にあったタバコを咥え、深くそのニコチンを肺に送り込む。やめようと思っているがなかなかやめられない。むしろ最近増えてきたかもしれないなぁ……。
「おう、四月に結婚する、それだけだ」
本当に手っ取り早い説明をする親父に対し勇斗の目が一瞬白目をむき、咥えたタバコを落としそうになる。
えぇ〜っと、今なんていった? 親父……鉄平が言ったことが理解できない。今結婚って言ったよな? 誰が? 誰と?
「……へ?」
目が点になっているのはよくわかっているし、口がぼんやりと開いているのも自分で認識している。しかし、今親父が言った事については、さっきから脳が認識不能という信号を送り続けている。パソコンがフリーズするのというのはこういうことかと、思わずパソコンの身になって考えてしまった。
「わからんのか? 結婚するといったのだが」
わからない訳ではない、ただ、その因果関係に不明瞭な点が多すぎる。
「誰が?」
やっと口が聞けたのはその一言だけだった、その一言は自分が一番気になっていた、いわゆる最優先事項だった。
「馬鹿者、和也はまだ高校に入ったばかりだろ、それにお前が結婚するのか?」
まさか、そんな噂は聞いたことがないし、ありえるはずが……多分ない。
一瞬勇斗は同級生で自分の彼女でもある八神千草の顔を思い出し苦笑いを浮かべる。
「そうすれば、単純な消去法だろう」
やはりそうか、子供に何の相談もなくいきなり結婚するとはなんとも子不幸な親なのだろうか。まぁ、同居をしている弟の和也には相談はしたのだろうが。長男をないがしろにするとは豪気なやつ。
「それで? 俺に何をしろと?」
無意識に危険を察知したのであろう、先ほどつけたタバコの火が消されていた為、勇斗は再びタバコに火をつける。
マインドコントロールだ……落ち着け、この後何をいわれても落ち着いて対応するのだ。それが大人というものだ。
勇斗は、心の中で呟き鉄平の次の台詞を待つ。
「いやぁ、別にお前に何をしろというのはないのだが、ただ、向こうから二人子供が来るものでな? お前に仕送りが出来なくなるとだけ言いたかったのだ、ははは」
はははって、うぉい、それは無いぜ! ただでさえ働き口がなくってバイト情報誌と毎日にらめっこをしているというのに。
「それって……俺に死の宣告をするのと同じことだぞ」
軽い眩暈を感じながらも、必死にその場に立ちすくむ。
「だから帰って来いと言っているんだ、こっちならもれなく『有限会社有川商店』への就職が確約されるぞ?」
うっ……就職確約……憧れていた台詞を……弱いところをついてくるなぁ。
「それってずるくないか?」
「ずるいも何もあるか、後はお前の気持ちだけだ」
勇斗は電話を握り締めたままうつむくしかなかった。
=北へ。=
「勇斗……」
羽田空港の出発ロビー、どこにでもある別れの儀式。交通機関が発達した今ではそんなにお涙頂戴の別れなんてあるわけが無い、そう思っていた。
「まぁ、いつでも会えるんだから、だからな?」
目の前にいる千草の頭を撫ぜながら言うが、その顔が勇斗を見ることがない、いや顔を上げることが出来ないのであろう、長い髪の毛の先が小さく震えている。
「でも、あっちに行ったら、もうこっちには戻ってこないでしょ?」
うつむきながら話すから声がよく聞こえない。
「アー……そうだな」
否定をしようと思うがその否定する根拠がまったくない。お人好しであればきっと『そんな事はない』などといえるのだろうけれど、生憎俺はそこまでお人好しではない、それに戻ってこられないのは恐らく事実。
「じゃぁ、もう会えないの?」
顔を上げる千草のそのちょっと猫目がかった瞳には涙が溢れている。
「それは無い……と思う。俺がこっちに遊びに来るか、お前があっちに来てくれるかをすればきっと会うことは出来るとは思う」
絶対に会う事が出来るというほど俺はできた人間ではない、それに、いつ何時心が離れるかもわからない。これはお互いの気持ちなのだから。
「でも、今までみたいにずっと一緒にいることはできないんでしょ? 会いたいときにあって、一緒にいたい時にいつまでも一緒にいてっていうことは……できない」
千草は、再びその顔をうつむける。その口からは嗚咽が聞こえてくる。
「フム……お互いの気持ちがあれば大丈夫だと思うよ、遠距離恋愛なんてそんなものだと思う、心が離れた瞬間にゲームオーバーだ、千草にはそれが無いことを祈るよ」
「ウソ! 勇斗は一度遠距離恋愛で失敗したって言っていたじゃないの! 同じことを繰り返すに決まっているわよ!」
痛いなぁ、昔の記憶を呼び起こしてくれたよこの娘は。
「あれは自然消滅してしまっただけ、歳も違うしね」
そういいながら勇斗は、ちょっと強引に千草の顔を持ち上げる。その顔は涙なのか何だかわからないぐらいグシャグシャになっている。
「君の気持ちが離れていかないことを祈るよ……」
そういい、勇斗は千草の涙を拭い、そっと頬に口をつける。
「……うん」
千草は、ハッとした表情で勇斗を見つめ、泣き笑いの表情を浮かべながら頬を赤らめる。
「さてと、じゃあ行くよ……」
勇斗は、手元にあったカバンを持ち上げそれを肩にかける。それを手伝うように千草が勇斗の肩に手を置くと、いきなり自分の口を勇斗の口につけてきた。
「忘れないよ」
赤い顔をした千草は勇斗から離れさっきとは打って変わって笑顔を見せながら手を振る。
「あぁ……」
勇斗はそういい、体を反転させ搭乗口に歩みを向ける。
どんな時でも、やっぱり別れというのは寂しいものだな……さらば東京の空か。
『お待たせいたしました、ただいまより函館行きは皆様を機内にご案内いたします、搭乗券をお持ちになって……』
搭乗口に放送が鳴り響く。
フゥ、ついにこの街ともお別れかぁ、四年前はワクワクしながら上京したけれど、結果はこの有様かぁ、結局負け組みなのかな?
勇斗は自嘲気味の笑みをこぼしながらタバコを消し搭乗券を取出す。
『今日東京では桜が開花し、気温も上がり小春日和となりました』
機内では、まるで東京に未練を残して行けと言わんばかりにテレビが東京の今日の出来事を放映している。
確かに今日は暖かかったよな、アパートの近くの桜も咲いて綺麗だった……って、やっぱり未練があるのかなぁ。
勇斗は気分を紛らわせるように外を眺める、そもそも飛行機の中から見送りに来て手を振っている人間のことなど見えるはずも無く、見えるのは、滑走路上で忙しそうに動いている係員だけである。見送る立場の人間にしても、よほど物知りではない限りどの飛行機がどこ行きかなどわかる筈も無い、電車みたいに行き先でも表示すればいいのではないかと思うほどである。当然、勇斗の視界には見送っているはずの千草の姿は見えていないし、向こうもわからないであろう、もしかしたら今頃レストランで何かを食べているかもしれない。
『お待たせいたしました、当機はただいまより函館空港に向けて出発いたします』
機内には、流暢なキャビンアテンダントの放送が流れる。
『現在の函館空港の天候は晴れ、気温は氷点下一度となっております』
おいおい、氷点下って東京だと桜が咲いたんだぜ?
外にやる視線には、滑走路で作業をしていた係員が儀式のように手を振り、機体がのらりくらりと走り出す。
やがて、外の景色の速度が徐々に上がり、やがて後ろに身体を押し付けられるようの衝撃が勇斗の体を襲う。
さらば東京の街、傾く機内で勇斗の視線の先にはなじんだ東京の景色が名残惜しげに広がってゆく。
「先輩は、東京に行ってもあたしの事忘れないですよね?」
何だ、この懐かしいシュチエーションは?
セーラー服を着た女の子が両目に涙をためて詰襟姿の勇斗の前でモジモジしている。
「ウン、忘れないし連絡もする、約束するよ穂波」
間違いない、このセーラー服でおさげの女の子は飯島穂波、高校時代の二コ下の後輩であり、俺の元彼女だ、そう自然消滅した遠距離恋愛の相手。
二人の周りの景色は、よくある桜舞い散る校舎裏ではなく、まだ雪の残る校門脇だった。二宮金次郎が薪をかついで本を読んでいる景色は日本各地に行っても同じであろうが、雪の多い地方では、入学式にしても何にしても桜はまだまだ先の話なのだ。
「そうだったな、北海道なんだよな? 函館は」
機内にはこもった飛行機のエンジン音が響き渡り、窓の外には夕闇が近づいていることをあらわすかのように茜色に染まり始めている。
千草があんなことを言うから思い出してしまったではないか、穂波の事を……まぁ、もう音信不通になってから三年は経っているから今更なんだけれど。
飛行機が大きく傾くと窓の外に函館の街並みであろう、瞬き始めたばかりの光が見え始める。
ついに帰ってきた……なぁ。
=ドタバタの再会=
「お疲れ様でしたぁ」
飛行機を降りるとき、営業用のスマイルを浮かべるキャビンアテンダント、その笑顔にこっちも作り笑顔を浮かべながら到着ロビーに向かう。
「ほう、ずいぶんとかわったな」
まだ工事中なのか、隅に追いやられた感のある到着ロビーで荷物を受け取り、空港正面に出るとそこには、以前の面影を持っていない近代的な空港に変貌したそれがあった。
「……月日の流れを感じるな?」
勇斗が以前この空港に降り立ったのは三年前、それからのこの様変わり様に正直に驚くしかなかった。
函館駅が新しくなったというのは雑誌で読んだことがあったけれど、空港まで綺麗になっているとは思わなかったよ。
勇斗は肩をすくめながら歩き出す。
「さて、和也が迎えに来ているはずなのだが」
今年高校二年になったばかりの弟和也が迎えに来るとは親父から聞いているが、その交通手段までは聞いていない、車の免許はまだ取れないはずだし、まさか自転車で来るわけでもあるまい。そもそも具体的な待ち合わせのポイントを決めていなかったのは世の中で言うところの失敗というやつであろう。
観光客の姿が目立つ到着ロビーを見回し勇斗はため息をつく。
「これでは問題外だな……」
勇斗は、携帯電話を取出す。これが普及したせいで公衆電話が激減していると聞くが、その通りであろう、一度使うと手放せなくなるのは便利な為だ。
「おっ、兄貴、こっちだぁ」
日本全国には兄貴と呼ばれる人間が何人もいるはず、しかしこの函館空港内で、聞き覚えのある声は間違いないであろう。
「おせーぞ、和也」
勇斗が振り向いた先にいるのは、兄弟でさえ同じ親から生まれてきたとは思えないほど顔の造形の違う弟がいる。兄である俺の場合、親父に似たのか顔の造形が多少雑なように思われる、よく『目が怖い』だの『なに怒っているの』などと聞かれるぐらいに目つきが悪いようだ。それに対して弟のそれは整った造形をしており、女の子とよく間違えられることもあるほどだ。
「ごめん、駐車場が混んでいて」
はて? 駐車場が混んでいるのが君に対してなんら障害を与えるものなのかな?
「んで、俺はこれからどうすればよいのかを君に問いたいのだが?」
勇斗は、やおら荷物を和也に渡す。
「はは、相変わらずだねぇ……ちょっと待っていてよ」
和也は苦笑いを浮かべながら今自分の入ってきたドアの方向を見る。
タッタッタッ……なんだかそんな音がしそうな気がする、いや、確実に俺達に向かってその足音らしきものは近づいてくる。
「あっ、来たみたいだね?」
その足音に気が付いたのか和也はにっこりと微笑む。
「お待たせぇー、ごめんね? やっと車を入れることが出来たわ」
息を切らせながら入ってきた女性は、年齢不祥な小柄な女性で和也に向かってホッとした様な表情を浮かべている。
「空いているところありましたか?」
和也は、その女性となにやら仲良さそうに話をしている。
「ウン、駐車場を二周ぐらいしちゃったわよ、あっ、ごめんなさい、あなたが勇斗さん?」
女性はやっと勇斗の存在に気が付き、あわてた様子で頭を下げる。
「あっ、はい有川勇斗です……はじめまして」
怪訝な表情でついその女性のことを見てしまう、間違いなくはじめて顔を合わす人間であることは間違いがないのだが、そのポジションがよくわからない、第一の候補に挙がるのが和也の彼女で、第二が新しいお袋であるが。
「はじめまして、私は三好一葉、有川商店の従業員です、よろしくね!」
すべての仮説が崩落した、開けてみればつまらないポジションではあるが、
「従業員ということは、あのお店に従事している人ということなのかな?」
「はい? まぁ、そういうことになりますね、世の中ではそれを『店員』とも呼びますが」
一葉はにっこりと微笑みながら勇斗を見ている。
あのくそ親父、従業員を雇うほど儲かっているのなら、何で仕送りが出来なくなるだなんて……って、アァ〜! だまされた!
勇斗の目つきが一段と険しくなる。
「兄貴?」
和也が勇斗の顔を覗き込む。
「あのくそ親父ぃー!!!」
勇斗の断末魔のような叫び声がターミナル内に響き渡る。
「アハハハ、確かに旦那さんならやりそうですよね、そういうこと」
駐車場に向かいながら一葉は大笑いをする。
笑い事じゃないんですけれども、俺にしてみれば一生の不覚と言うのか、折角の人生計画を狂わされたような気持ちなんですけれども。とほほ……。
「あっ、ごめんなさい、でも、もう後戻りは出来ないんだから諦めるしかないですよね?」
さらっと言ってくれるけれど、否定をする隙がない、確かに道が変わって走り出してしまったんだ、これからどうするかを考えた方が得策かもしれない。
「兄貴、もう諦めろ! それにいいことだってあるぜ、きっと」
意味深な笑顔を浮かべる和也の顔をその時点では勇斗は見逃していた。
情けない、高校二年生に慰められるなんて、なんだか、人生の負け組みになったような気になってきた。
「さて、お店の車ですけれどどうぞ」
一葉の案内してくれた車は、いかにも商用車といったライトバンで車体にはサービスに書いてもらった様に『(有)有川商店』の文字が書いてある。
「一葉さん、ゆっくりでいいからね? その……家は逃げないから」
いつもニコニコしている和也の表情が珍しく曇る、というか心底心配をしているようだ。
「?」
勇斗は荷物を車の中に放り込み後部座席に座る。
「和也君シートベル締めたわね、とりあえずはあそこにある料金所突破を目指しましょう」
おいおい、突破とは穏やかではないなぁ。
勇斗は頭の後ろで手を組んで、悠然と座る。が次の瞬間、運転席に座る事を強く意識した。ノッキング……エンスト、懐かしい衝撃だが懐かしがっている場合ではない。
「一葉さん、おっ、俺が運転するから、道知っているし仕事が終わって疲れているんでしょ? ね、だから変わろう」
あのまま乗っていたら、きっとムチ打ちになるのではないかといわんばかりの運転だ。
「何でマニュアル車なんだ?」
助手席に座る和也をギロリと睨む。
「だいぶ値切ったんじゃない? きっと『一番安いやつ』とか言って買ったんだと思うよ、親父のことだから」
和也はほっとした笑顔を浮かべながら勇斗の問いに答える。
「あのぉ、本当にいいんですか?運転お願いしちゃって」
「全然大丈夫ですよ!」
二人の兄弟の息が珍しく合ったように声をそろえる。
「変わらないな」
函館元町に近い一軒家。洋館と言えば聞こえは良いかもしれないが、住んでいる人間からすればただの古臭い家でしかない、しかも、このあたりは美観何とかという地域に制定されているおかげで、家の新築も目立った修繕も出来ないためおんぼろとしか言いようがない。
「あれ? お母さんたち来ているみたいだな」
三台ぐらい車が止められそうな駐車場には既に赤い軽自動車が止まっている。
「本当だ、女将さんもみえているんですねぇ」
後部座席から一葉も嬉しそうな表情を浮かべる。
そうか、一葉さんからすれば、俺の新しい母親は女将になるわけだな。にしても、一葉さんまで家に来てどうするんだ? 家に帰らなくてもいいのかな?
そんな疑問を持ちながらも、それ以上に新しい母親がどんな女なのかが気になる。
「さて、それではご対面と行きましょうか?」
なんとなく肩に力が入っているような気がする、たかが新しい母親に会うだけなのに、やはり緊張しているのかな?
「オウ、帰ったか」
玄関を開けるとそこには、三年ぶりに見る親父の顔があった、ちょっと老けたか、目尻のシワが以前に会った時よりも深くなっているような気がする。
「あぁ、帰ってきたよ」
それだけ言うと親父は再び居間に姿を消した、それと入れ代わりに一人の女性が顔を見せる、その顔はちょっとモジモジとして、照れたような表情を見せている。
「あのぉー……お帰りなさい、勇斗さん」
ペコリと頭を下げる女性は顔を赤らめている。この女性が新しいお袋なのであろう。どこかであったことがあるような気がするが、まぁ気のせいであろう。
「はい、ただいま」
別に俺だって子供ではない、親父が勝手に再婚したかといってヘソを曲げる気はないのだが、その態度はちょっとそっけないかもしれない。
「おい、兄貴?」
和也が、その場を取り繕うかのように声をかけるが、俺は我関せずといった態度で元々自分の部屋である二階に上がる。
「なんだぁ、この部屋は!」
ゆっくりとくつろいで、今後のことの対応策を練ろうと思って入った元自室、そこには大小さまざまなダンボールが置かれて、まさに足の踏み場もない状態になっている。
ドアを開け、素っ頓狂な声を上げた勇斗に一葉が容赦のないことを言う。
「そこは若女将のお子さんの部屋にするって旦那さんが言っていましたよ」
お〜や〜じぃ〜、勘弁ならねぇ、人を半場強引に帰るように仕向けておきながら、この仕打ち……もう腹に据えかねたぁ! 叩き切ってやる!
ドドドド……。
おんぼろの家の階段にこのような衝撃を咥えると落ちてしまうのではないかと思うほどの勢いで階段を降りる、そうして今の引き戸を力いっぱいに開くと、そこには家族団らんの光景が広がっている。
「親父! 何だ! あの部屋は!」
周りに和也を含め数人いるように感じたが、今はそんなのを気にしている場合ではない、上昇しきった血圧を目の前にいる親父にぶつけるしか頭の中にはない。
「なんだといっても、和室の六畳フローリング仕様だが」
鉄平は旨そうにビールを一飲みしながらのほほんとした表情で勇斗を見る。
「違う! あの荷物のことを言っているんだ!」
勇斗の口からは、速射砲よろしく唾が飛び散る。
「あの荷物はお前の妹達のものだが、それがどうした?」
どうしたって、てめぇ、面白いことを言っているじゃねぇかぁ……。
勇斗の握った拳がフルフルと震えている。
「先輩、ごめんなさい、明日には片付けますから!」
片付けるとかそういう意味じゃねぇんだよぉ。
「ほれ、片付けるといっているのだから良いではないか?」
鉄平は相変わらずにのほほんとした口調で勇斗に言う。
人の神経を逆なでするようにこのくそ親父ぃ、片付けるから良いとかそういう問題ではないことがわからんのか!
「先輩、とりあえずちょっと落ち着いて座ってくださいよ」
そもそもなんでこの家で、先輩と呼ばれなければいけないのだ? って、先輩?
「おっ、お久しぶりです」
俺の腕を掴むやつはだれだぁ、何人たりともこの俺の怒りを納めることは出来ないぞ!って、目の前で目をギュッと瞑りながら俺の腕を掴んでいるのは、髪の毛を頭の後ろでひとつにまとめて、いわゆるポニーテールにしている女の子。
勇斗の記憶が一気に四年前のちょうど今頃までフィードバックする。一気に戻りすぎてまるでめまいを起こしそうだったが。
「ほっ、ほっ、穂波?」
目の前にいるのはその四年前にフィードバックしてヒットした女の子、そう、セーラー服におさげがよく似合っていた元彼女穂波の姿だった。
「な、な、何で、ここにお前が?」
そこにおびえたような表情で立っている女の子は間違いない、穂波だった
「勇斗さん、とりあえず座ってお話しませんか? それに、穂波もそんなところに立っていないで、お兄さんにビールでも注いであげたら?」
お兄さん? この新母親はいったい何を言っているんだ? それに、和也の横でちょこんと座っている少女はいったい誰なんだ? ここはいったいどこなんだぁ〜?
「落ち着きました?」
一葉が勇斗にゆっくりとビールを注ぐ。
年寄りであればきっと今頃三途の川で整理券をとって渡し舟に乗っているところであろう、若くてよかったよ、それでもきっと脳の毛細血管が何本か切れていたと思うけれど。
「あぁ、で、詳細を説明してもらおうか、発言者は親父と穂波に限るから」
一葉が用意した濡れタオルを額に当てながら、勇斗はゆっくりと話し出す。
「説明も何も、結婚すると言っただろう、そして、その子供達も来ると」
鉄平はなんていうことないといった表情で勇斗の顔を見つめる。
バン!
勇斗が机を叩く、一同は反射的に肩をすくめる。
「だぁかぁらぁ、詳細を説明しろといっている!」
いかん、また血圧が上がってくる。
「それはね」
新母親が口を開くが、勇斗のギロリとした目で睨まれ、しゅんとする。
「先輩、話せば長くなるんですけれどね……」
「長いのは石狩川だけで十分だ、せめて亀田川ぐらいまで要約してもらえると非常に助かるんだが」
ちょっとローカルなネタだったか?
穂波が口を開く、懐かしい声なんとなくその声を聞いているだけで、ちょっと落ち着くような気もするが、自体は緊急を要しているので、今はそんなのほほんな気持ちになっている場合ではない、後でゆっくりとのほほんさせてもらうよ。
「あぅぅ、では手っ取り早く説明をすると、うちのお母さんが先輩のお父さんと結婚をして、立場的には先輩はあたしのお兄さんになって、和也君が弟になって、夏穂が妹になるんです!」
本当に手っ取り早い説明をありがとう。
「ということは、俺は、穂波のお兄さんになるということで間違いがないのだな?」
勇斗は全員の顔を見回しながらいう。全員まるで練習をしたかのように同時に頭を下げる。
「はぁ……なんでこうなったのかなぁ? 頭が痛いぜ」
勇斗は額に人差し指を当て、眉間に深いしわを刻む。
「はぁ、あたしも最初に聞いたときは驚いたのですが、こういうことになってしまいました……すみません」
穂波はため息をつきながらも、勇斗に頭をさげる。
別にお前が悪いわけではないがこんな世界、アニメや漫画だけの世界だと思っていた、しかも別れた彼女が妹なんて洒落にならん。
「はぁ、とりあえず、今日はゆっくりと考えさせてくれ、詳しい話はそれからにしよう」
疲れた……それだけだ、ゆっくりと今後の傾向と対策を練る必要が十分ありそうだ。